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第4章 路地裏の餃子専門店「四角家餃子本舗」開店。 [四角餃子開発物語]

カフェ文化がない土地にカフェを開き、最初は苦労したが、地道にファンを集めた。
土日や祝日は遠くからものすごい数のお客様であふれたが、平日はそうでもなかった。
今を思えば13年も前にあの場所でスープランチやフォンダンショコラ、パンケーキは
早すぎたかもしれない。それでも4年半かけてやっとその場所で定着しつつあった。
タニシは高松で餃子専門店を開くにあたって、カフェをまかそうと店長候補を指導していた。
その人物は東京のレストランで店長の経験があった。本人は何度も経験を口にするが、
彼には店に対する愛が感じられなかった。結局、店を任せる前にいなくなった。
ちょうど契約更新の時期もあり、心残りもあったが、カフェを閉めた。

四角家店頭300.jpg

2007年、12月22日。「四角家餃子本舗」をオープンする。
タニシが餃子屋を始めたのは、本来オンラインショップをするためである。
四角い餃子を本当にうまい餃子を世に送り出したい、それがタニシの野望だ。
餃子に限らず通販だけで儲けている店はたくさんある。が、タニシはきちんと店を構えて
そこからお客様に向き合える餃子を出したいという信念があった。
路地裏のこの場所は、餃子の販売に決して向いてはいない。
しかも和の趣のお座敷は餃子屋にしては高級感がありすぎる。
しかしながらタニシは皆がそう思うなら、そういう餃子屋があってもいいんじゃないの?
と考えた。そんな偏屈な性格は意図したのか否か後々
「四角家」をブランディングすることになる。

年末に路地裏でイートインのみこそっとはじめたが、
そのうち雑誌やテレビに取り上げられバタバタするようになる。
座敷の掘りごたつ席でゆったり感をたっぷり出しながらも、
しぼりにしぼったメニューは少なかった。むやみにつまみを増やすことはしたくなかったのだ。
が、半年ほどして余裕ができたタニシは新しい餃子を作りたくなる。

タニシ 「そろそろ4番目の餃子作ろうか?」
キマコ 「おっ。何でいきますか?」
タニシ 「同じ食材は使いたくない。豚・鴨・海老・キャベツ・白ネギ・クワイ以外で考えてくれ」
キマコ 「うーん。とりあえず鶏ですか?」
タニシ 「それはとりと鶏をかけとんか?」
キマコ 「たまたまです」

次回、「山包(さんぱお)」の誕生。


タグ:四角家
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第3章 「海包(はいぱお)」の誕生。 [四角餃子開発物語]

かくして、オーナーが食べない「福包」ができあがった。

カフェは「オムライスがおいしい店」と噂になっていた。
なかでも某超大手企業の社長のお母様など、お友達と伊予三島市からタクシーを飛ばして
来てくださるほどのお気に入りようで、本当にありがたかった。
「銀座の有名店よりこちらのオムライスの方がおいしいわ」
お世辞もあろうが80歳を超えていつもペロッと完食していただいていた。

タニシ「餃子専門店やから3種類くらいは欲しいのぉ。海老はどや?」
キマコ「いいですね。豚に鴨に海老」
タニシ「海老と合うんはなんや? ネギか? 白菜か? 前の2つと違う野菜を使いたいのぉ」
キマコ「うーん。白ネギは鴨で使ってるし、青ネギと言うよりもう少し海老を活かしたいですね」

海老の料理も考えたけれど、もう少しシンプルに海老をアピールする餃子を作りたかった。
しかしアイデアが浮かばない。ノープランのまま、いろいろ野菜を試す。
苦悩するなか、キマコさん、持っていた中国出身の料理研究家ウーウェンさんの本を見て
今まで思いもつかなかった食材が目にとまる。
クワイ。
中国料理にちょくちょく登場するクワイは日本の煮シメに使用するものとはちょっと植物的には
違うもので独特のシャキシャキした食感を持つ。これ、いいんじゃない?
まずはみじん切りに、次にたたいて半つぶしで。さっそく試食。
食感はすごくいいんだけれど味がしっくりこない。クワイに合う味が作れない。
タニシ 「クワイ、却下。全然あかん。ほかの野菜でやってみてくれ」
その後もいろいろやってみるが、海老の入った餃子であって、海老の餃子ではない。
作りたいのは海老の海老による海老のための餃子。

そんな折、タニシ、これからのことを相談にたかちゃんに会いに尼崎に行く。
大阪の創作中国料理のお店で海老チリを食べた時だ。
タニシ   「あれ、クワイやない?」
たかちゃん「えっ! クワイわかるん?」
当時おおよそ食材の知識に明るくないタニシから「クワイ」という単語が出てくるとは
思いもよらなかったたかちゃんだった。
タニシ、尼崎から帰るなり開口一番こう言った。

タニシ 「お。大阪で見つけたぞ。海老の餃子はクワイで作ってくれ」
キマコ 「・・・・・・。えっと、クワイはこの前却下って・・・」
タニシ 「そやったっけ? 俺食べたっけ?」
キマコ 「ええ~~~~~~っ!
     この前何パターンか作ったけどクワイは却下って・・・、全然あかんて」
タニシ 「そやったかの?  とにかく決めた。大阪の店で海老チリに入っとったんや。
     あの食感はおもしろい。クワイで作りたい」

ちょっともやもやしたキマコさんだったが、海老とクワイを使った餃子のあん
というテーマでたかちゃんに丸投げする。
数日後、届いた試作のあんに半叩きにしたクワイを加えてまぜ餃子にする。
初めてそれを焼いて食べた時の感動は忘れられない。
こんな味は想像もできなかった。でもこれ以上なんの注文もないくらい完璧なあんだった。
海老のプリプリ、クワイのシャキシャキ、その2つの食感も楽しいが、海老そのものの
甘さや風味がやさしく感じられて、餃子というより蒸した点心のようなイメージ。
このやさしい味をそのままにちょっとしたアクセントにと大葉も加えた。
名前は、「珍包」「福包」に続いて
海を包むと書いて「海包(はいぱお)」

海包焼面250.jpg海包断面250.jpg

中国料理のみならずあらゆる食材や調理法を知り尽くすたかちゃんのおかげで
「四角家餃子本舗」の3つめの看板商品ができた。

餃子と同様に店で出す焼豚の開発も進んでいた。
タニシ 「ラーメンに醤油・塩・味噌があるんやったら焼豚にも醤油・塩・味噌あってもえんちゃう?」
という発送でできた「四角家」の名物の焼豚3種。
3つが味はもちろん焼きあがりの見た目にこだわったタニシ。
しおの焼豚を焼いても白っぽく仕上げるのが一番苦労したというたかちゃん。
そのしおの焼豚は後に「四角家」の92%が注文するほどの人気商品になるのである。

次回、路地裏の餃子専門店「四角家餃子本舗」開店。
タグ:海包
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第2章 「福包(ふーぱお)」の誕生。 [四角餃子開発物語]

相変わらず、カフェのバックヤードでは餃子計画が着々と進行していた。

ドン・タニシ 「餃子専門店やから『珍包』の仲間も作ってやろうぜ。なんか案はないか?」
キマコ    「鴨の餃子とかあったら私食べたいです」
タニシ    「俺は鴨は苦手やけど、作ってみてくれ」
キマコ    「了解!」

と、軽く言ったもののキマコ嬢悩む。
鴨は好きだけれど自分で調理したことはない。
たかちゃんに相談するにも方向性だけはこちらで決めておかないと。
鴨と相性のいい野菜はなんだろう。鴨、鴨、鴨・・・鴨ネギ?
鴨に独特の風味があるから少しくせのある系がいいよね。クレソンとか、白ネギとか。
とりあえず、やってみる。味の感じは? 

当時、ドン・タニシのカフェでは月替わりオムライスというメニューがあり、人気だった。
お客様は喜んだが、月替わりのメニューを考えるキマコ嬢は悩んだ。
けれど、この試練はキマコさんにとってあとあとメニューのアイデア出しに生かされることになる。
オムライスの場合、ソースは何にするかを考えるのではなく、卵を使った料理を考える。
親子丼、お好み焼き、オムレツ、サラダ・・・。
今度はそれをオムライスで作るとどうなるか、という風な感じで。
もともと卵とベストマッチのメニュー、素材と味付けが同じなら合わないわけがない。
ただ、まったくのオリジナルメニュー。レシピがあるわけではないから、
同じ素材を組み立てなおしておいしく仕上げるには、至難の技で、そこからもう一工夫必要だった。
苦労の末、親子丼風オムライス、お好み焼き風オムライス、サラダ仕立てのオムライス、
とろとろチーズのオムライスなど名作が生まれた。

話を餃子に戻そう。
鴨の餃子に何を使う? 鴨の料理って何だろ、鴨のロティ、鴨とクレソンの鍋、鴨南蛮・・・。
クレソンと白ネギをそれぞれ試す。クレソンだと弱いかな。やっぱり鴨南蛮の白ネギくらいの
インパクトが欲しいな。そう、鴨南蛮のイメージ! ならいっそのこと皮もそば粉の皮にしたら?
とにかく案はできた。たかちゃんに相談。
こちらの無理難題にもプロの知識と技で応えてくれるたかちゃん。
「白ネギの甘さがもう少し欲しいから揚げネギも少し入れよう」
国産鴨の手配から鴨餃子のあんまで。希望以上の仕上がりだ。
しかし当初そば粉での製造は皮屋さんが難色を示した。作るのはお手のものだが、
アレルギー原料のため製造に関して考慮しなければならない問題が多々あった。
それでも、たかちゃんの熱心な交渉も伝わり、そば皮も受けてくれることに。

福包焼面250.jpg福包断面250.jpg

元禄時代から届いたネーミング。

名前はどうしよう? 珍しい包み方で「珍包」だから・・・
鴨の餃子は・・・もっと高級なものを入れるイメージ、もしくは食べると幸せになれる・・・ 
そう! 福を包むと書いて「福包」。中国読みにしてふーぱお。
我ながらなかなかいい名前じゃない?とキマコさん。
これは本当に偶然なのだが、この後、ある文献で衝撃の事実を知ることになる。
日本で最初に餃子を食したのは水戸(徳川)光圀だそうで、それは鴨の餃子であった。
そしてその餃子は「福包(ふくつつみ)」と呼ばれていたと。
この不思議な出来事は、はるか元禄の時代からのメッセージなのか?

次回、「海包」の誕生。
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第1章 「四角家餃子本舗」と新「珍包(ちんぱお)」の誕生。 [四角餃子開発物語]

大阪で「珍包」が売れている頃、
脱サラして新たな野望をいだいていたドン・タニシ。
ある日、大阪の店を訪ねた。何を隠そうドン・タニシとたかちゃんは従兄なのである。
そこで初めて「珍包」と出会い、衝撃を受ける。
「何、この形。おもしろいやない」
しかもうまい。この餃子はうまい。さらに言うなら、冷めてもうまかった。

感動覚めやらぬまま、翌年、香川の田舎で自分の店を出す。
カフェだった。なんでやねん!?
ここで昔、会社の部下だったキマコさんを引き入れる。
田舎町に新しい文化を吹き込みたいと作ったカフェ。
当時、そのあたりにカフェはなく、はじめこそ地元の人に遠巻きに見られていたが、
最後には遠くからもファンが車でやってくる店になった。
車を飛ばして街から来てくれるお客様に「ピンポイントアーバン」と言わしめたその店で、
ドン・タニシ、オムライスやパンケーキとともに、なんと「珍包」を提供していた。
カフェで餃子と言えばミスマッチのようだが、「珍包」だからこそカフェでも提供できたのだ。
普通の餃子ならさすがに出せなかったろうし、出そうとも思わなかっただろう。
ここでも「珍包」は固定ファンをつかまえた。

そんな折、大阪では、なんとたかちゃん、思うところあり、「珍包」の店をたたみ、
新たな店などを経営しながら他社へ商品提供やフードコンサルティングの仕事をしていた。

それを知ったドン・タニシ、残念でならない。
会社が充実していくことはいいことだけれど、どうしても「珍包」の存在が頭から離れなかった
ドン・タニシはついに意を決する。

ドン・タニシの野望。
珍包焼き面250.jpg珍包断面250.jpg

「餃子専門店をやるぞ」
美味でしかもオリジナリティあふれる「珍包」を、このまま埋もれさせるわけにはいかなかった。
そこからドン・タニシの餃子修行が始まるのである。
カフェを営業しながら、厨房では餃子の試作が行われていたのであった。

四角い餃子を売りにしたいから、店の名前は「四角家餃子本舗」に決定。
それからは他県に行っては有名な餃子を食べ歩き、取り寄せてみた。
「珍包」をさらにパワーアップさせるために、豚肉はどうする、キャベツの大きさは、
肉と野菜の比率は・・・など、たかちゃん、ドン・タニシ、キマコさんの試行錯誤がはじまった。
だいたい、ドン・タニシとキマコさんがイメージや希望を伝えて、
料理のプロであるたかちゃんが形にしていく。

豚肉は鹿児島の南州農場の上質なバラ肉に決定、キャベツについてはできるだけ香川産。
というのも香川は四季がはっきりしていて、
どの農作物にも言えるのだけれど旬の期間が案外短いのだ。
1年中香川産というのは不可能。地元産が手に入らない時期や、
状態があまり良くない場合はその時期に状態のいい地域のものを仕入れている。
「四角家」が地産地消に固執しないのはそのためだ。
皮は以前、香川で粉屋さんをしていた大阪の専門業者さんに発注。
できるだけ薄く、焼けてパリッと、蒸らすとふんわりした皮。
包んだ時に美しく、口にも入れやすい8㎝×8㎝の皮だ。

何度も何度も試作して、「四角家」の「珍包」が完成した。

●次回、「福包」の誕生。
タグ:珍包
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序章 元祖「珍包(ちんぱお)」の誕生。 [四角餃子開発物語]

出版社やテレビ局から、時々取材のお電話や問い合わせが入る。

記者     「どうして四角いんですか?」 
ドン・タニシ 「それはですね、四角いと・・・」

記者     「中国ではこういう包み方はポピュラーなんですか?」 
ドン・タニシ 「いいえ、うちのオリジナルです」

記者     「どういうふうに餃子ができたんですか?」
ドン・タニシ 「最初は・・・」

ボクは「四角家」の広報部長、白メダカのジュリー。
ボクがこの店の小さな池に来たのはオープン1年目の夏。
それまではキマコさんちの庭の鉢で過ごしてたので、ボクの知らない開発秘話を
皆さんにお伝えすべく、ドン・タニシ、たかちゃん、キマコさんの3人に聞きながら
書いてみることにした。

「珍包」の誕生。

四角餃子生

実は「珍包(ちんぱお)」の元祖を生み出したのはたかちゃんである。
たかちゃんが独立して初めて作った店は、中華点心の持ち帰り専門店だった。
その店の代表作として作った、箱に入ったお土産用の餃子が「珍包」だ。
当時、大阪では「点天」や「天平」といった扇型の一口餃子が既に有名だったが、
似たようなものではなく味も形も自分のものを表現したかった。
中華料理を極めてきた料理人なので、味については特に迷うことはない。
ただ、皮は薄くパリッとしたものにしたかった。
それと、通常の三日月型の餃子だと包んでヒダになったところが固くゴワゴワする。
これを回避するために思いついたのが現在の四角い包み方。
四角い皮の4角をていねいに折り込む。見た目にも美しい。
折り重なった面を下にして焼けば、中のスープが逃げ出すこともない。
四角くカットする皮は丸い皮に比べて無駄がない。
4つも角がある餃子はカリカリ感がある。
一石二鳥にも三鳥にもなった。
名前は珍しい包み方、ということで「珍包(ちんぱお)」と名付けた。
たかちゃんという人は、こういうすごい思いつきを苦もなくフッと思いついてしまう。
しかもそれをいとも簡単に実践できてしまう人なのである。
当然のことながら、「珍包」は大阪の店で人気者になった。

次回、いよいよ「四角家餃子本舗」の誕生へ。
タグ:珍包
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時には損をすることが最上の利益である。 [タニシノコトバ]

もうずっとブログを書いていない。
餃子の種類が増えたこともあり、仕込みが煩雑になってブログを書く余裕がない。
facebookを始めてからは発信事項はそちらで済ましてしまう。
新しい年はブログを書く時間もきちんと取ろうと思う。
年末恒例「タニシノコトバ」。
Sometimes the best gain is to lose.

タニシとマスターズドリーム.jpg今年は本当に辛抱の年だった。私的な事情で店をお休みしたことも結構あったにもかかわらず、記録づくめの昨年には及ばないものの、それなりに結果を残せた。「四角家」を愛してくれるお客様とサポートしてくださるすべての方に感謝したい。そんな1年の中で強く思ったことがある。「ソンしてトクとれ」。商売をしている人なら誰でも心がけるありふれた故事成語であるが、今年はそれができず強く悔んだことがあった。お客様にはもっと喜んでもらおう。そして人とのつながりを大切にしよう。ソンしてトクとれ。これが2017年のテーマです。


【年末年始の営業案内】
12月31日(土)・1月1日(日)はお休みさせていただいております。
新年は1月2日(月)より元気に営業いたします。
どうぞよろしくお願いいたします。





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記録の8年目。9年目は記憶の残る年に。 [タニシノコトバ]

 毎年恒例、大晦日に書くはずのタニシノコトバ。
昨年に引き続きこんな時期になってしまった。ブログ自体が久しぶりのアップになる。
一年のけじめ、一応書いておこう。
SDK(んぼうきる)。

餃子出すタニシ.jpg  どこまでが年末でどこからが新年か整理もつかないままに  始まった2015年だったが、終わってみれば「四角家」8年の  歴史の中でとても重要な年になった。まず、オープン時から
 扱っている「ザ・プレミアム・モルツ」を 「ザ・プレミアム・
 モルツ マスターズドリーム」
に変えたこと。
  「四角家」は餃子はもちろんだが、生ビールがうまい店とし
 ても定評をいただき定着してきた。それでも一種しかない
 ビールをさらに高級ビールに変えることは少々勇気のいる決
 断ではあった。けれどそれは店の方向性と合致する。そして
 このビールを導入するタイミングで初の高級餃子、フカヒレと
 貝柱の「金包(きんぱお)」を発売したのである。さらに秋に
 はかねてから念願だったタコの餃子「蛸包(しゃおぱお)」
 も発売。一年の間に新しい餃子を2つも開発したのはもちろん
 初めてのことだし、我ながらよくやったと思う。無我夢中に
 やって、気がついたら過去の記録をいろいろと塗り替えた、
 それなりに充実した一年であった。
たくさんのお客様と「四角家」を温かく応援してくださるすべての皆様に心から感謝したい。 そして、2016年のテーマは辛抱。さらに皆様に愛される「四角家」になれるよう地味な努力を積み重ねていくことを、今年の課題としようと思う。瀬戸大也がYDK(やればできる子)なら、僕はSDK(しんぼうできる子)。 になる(笑)。皆様のご期待を裏切らないよう、努力を惜しまず、少しでも多くの皆様にハッピーをお届けできるよう頑張ります。

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プレモルのバイブル。 [超達人キマコの「プレモルで行こう!」]

「四角家」が超達人店になってから、プレモルのバイブルにしてきた本がある。

なぜザ・プレミアム・モルツは売れ続けるのか? (小学館文庫)  『なぜザ・プレミアム・モルツは売れ続けるのか?』
 私は、店で働き始めてからずっとプレモルと付き合って
 きたが、考えてみるとプレモルのことをまるで知らなかった。
 もちろん、ビールサーバーの管理や注ぎ方は熟知している
 つもりだったし、現場でのお客様の反応も見て来た。
 そして「超達人店」の称号もいただいたのに、
 あまりにも知識がないことに気づく。
 プレモルがなぜおいしいのか、なぜ高級ビールと
 言われているのか、他のビールと何が違うのか。
 そもそもどうやってプレモルは生まれたのか。
 超達人店にはザ・プレミアムモルツのすばらしさを多くの
 人に伝える任務もある。知らないと伝えられない。
 「プレモルで行こう!」のブログを書き始めたのは
 その任務と言うよりは、ビールに携わってきた飲食店として
 日々の地味な思いをお客様に、また同業の方に、
そしてメーカーさんに伝えたかったからなのだが、
いざ文章を書くとなると裏付けとなる知識がなければ書けないのだった。
そんなわけで「超達人店」になったのをきっかけにプレモルのこと、
サントリーという会社のことを知る努力を始めた。
そんなとき、たまたま手にして読み始めたのがこの本だった。

この本には、ビール事業が赤字だった頃から今日のプレモルの快進撃までのこと、、
というより当時携わった開発、営業、デザインの方々の大変な努力と思いが書かれてある。
何より、45年赤字を続けても信じて突き進んだプライドと、絶好調なのに商品をリニューアル、
サントリー的にはリバイタライズ(再活性化)というらしいのですが、とにかく順調なのに変える
という大胆かつ進化を惜しまない企業姿勢がよくわかる。
その後も時々確認したいことや気になることがあると、部分的に読み返したりしている。
私にとってまさにプレモルを知るためのバイブルなのだった。

この間、また気になることがあってページをパラパラとめくっていたら
あれっと目にとまる名前があった。営業推進部部長のY田K冶氏。何か聞いたことがあるような…
あれ? このくだりは何度も読んだはず。樽生キャラバンという企画を提案し、
主要都市を回ってモルツの飲用時品質の重要性を知らせるセミナーを開催したというその人。
確か写真もあったはず。パラパラ…
あああ! 中四国支社のY田支社長!
なんで気がつかなかったのだろう。
以前、四国支店のS支店長がY田支社長をお連れくださったことがあった。
その時、大変おだやかな口調で当時ビールを売るために相当な努力をされた貴重なエピソードを
語ってくださった。樽生キャラバンのこと、悲願の黒字達成を当時の社長にご報告した際、
「誰が黒字にせえゆうたんや、そんな暇があったらもっと品質向上に努力せえ」という
答えが帰ってきたこと。
本に掲載されているお写真は少しお若い頃かと思うが、店に来られた時と同じ
おだやかな笑顔。なんであのとき、気がつかなかったんだろう。

しもた! 本にサインもろとけばよかった(笑)。

そんなことも今は懐かしい思い出。
今まで本当にお世話になったS支店長がいよいよ異動になられます。
S支店長はうちにとってももちろんなのですが、県産品の推進や商店街の活性化、
文化活動など私たちの地元香川県にたくさん宝物を残してくれた偉大な方でした。
別れがあれば出会いもある。新しい出会いも嬉しいことですが、
やっぱりご縁があって出会えた方と会えなくなるのはさみしいです。
恐れながらS支店長にはサントリー四国支店の名誉支店長として「超支店長」の称号を
差し上げたいと思います。この場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。
同じ時期に異動になられるOさん、Mさん、Kさん、お世話になりました。
皆さんのことも忘れません。
そしてY本新支店長、こんな店ですがこれからよろしくお願いいたします。

次回よりタイトルを「マスターズドリームがいいね!」とし、
引き続き日々の思いを綴っていきたいと思います。皆様、今後ともよろしくお願いいたします。

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「超達人店」への道 vol.9 【出会い】 [超達人キマコの「プレモルで行こう!」]

支店長フレスコ2.jpgプレモルフレスコ.jpg

かくして「超達人店」になった「四角家」。
表に「超達人店」の看板、店内にポスターを貼ったとはいえ、この時点では関係者以外
そのことを知る人はほとんどいません。
Webサイトの「サントリーグルメガイド」ですらまだアップされていませんでした。
せっかちな私は、「サントリーグルメガイド」の事務局に掲載依頼のメールを出しました。
すると、すぐに対応し情報を入れてくれました。
このスピード感がとてもここちよく、ありがたいと思いました。

この日の夕方のことです。
サントリーさんからご予約のお電話が入りました。
ドン・タニシ 「サントリーのSさんからご予約いただいたぞ。なんかえらいシブい声で・・・
         かなり偉い人かいの?」
キマコ    「えっ? そんなに偉そうな感じですか?」
ドン・タニシ 「いや、偉そうとかいうんじゃなくて、なんかこう紳士的というか・・・とにかく声が・・・」

来られたSさんは、なんと四国支店のS支店長でした。
ひょえええ~。確かにめっちゃシブいお声のダンディーな紳士です。
この日、はじめてお目にかかりました。
まさに「超達人店」を認定してくれたご本人です。
丁重に「超達人店」の取り組みに賛同したことによるお礼やら何やら
おほめの言葉をいただいて、ただただ恐縮するばかり。
そんななか、支店長が「メールに感動しました」とおっしゃいます。
えっ? メール?
そう言えば、「サントリーグルメガイド」の事務局に掲載依頼をした時に、
いつも四国支店にお世話になっているということ、
社員さんに「すばらしいですね」「今月一ですね」とビールをほめて育ていていただいた
おかげで超達人店になれたという感謝の言葉を書きました。
決して社交辞令ではなく、本当にその時思ったことでした。
驚いたのは、東京の事務局あてに書いたなにげない文章が四国支店の支店長にも伝わっていた
ことでした。掲載依頼のすばやい対応もさることながら、そんな小さなことも
支店に伝え、そしてその日のうちに支店長がごあいさつにいらっしゃる。
サントリーという会社のネットワークの良さ、社員さんの愛社精神、料飲店を大切にする社風に
いたく感動したのでした。

「超達人店」認定後、S支店長や社員さんが公私ともにお顔を出してくれるようになりました。
料飲店関係の営業さんだけでなく、販売や広報、フーズの社長さんや社員さんも。
まだ香川では2店目だったし、認定後の応援やチェックという意味もあるでしょう。
こういうすぐに会社一丸で協力体制というところがすごい。
これがサントリーの社風なのか、S支店長のリーダーシップなのか。
「超達人店」になってはじめて一流企業の一流たる所以を知ったのでした。

「超達人店」になって一番の宝は、S支店長や多くの社員さんとの出会い。
応援してくれるから、もっと頑張ろうと思う。人を動かすのはやっぱり人なのだ。

特にS支店長との出会いは「四角家」を初心に戻してくれた。
店で取り扱う商品の支店長さんとお会いしてお話する機会に恵まれたことはとても
ありがたいこと。こんなに会社を愛し部下を愛し取扱店を大切にしてくれるトップはそうは
いない。サントリーの社員さんは皆さん純粋に会社を愛しているなあと思うのだが、
そのなかでも、S支店長はまさに「ザ・サントリー」。
高松の商店街を黄色に染めて角ハイボールストリートにしたかと思えば、
瀬戸内国際芸術祭に合わせてサントリー美術館展を開催したり、
香川県の県産品とプレモルのコラボをしたりと斬新な企画を次々提案、遂行する。
イベントにも飲食店にもマメに顔を出される。実に現場でよく動かれる方だ。
四国支店のトップでありながら本当にフットワークよく私たちのような小さな店のスタッフにも
気さくに声をかけ気遣いをしてくださる。
だから、がんばれる。

「プレモル」との出会いがS支店長やサントリーの社員さんとの出会いになり
たくさんのお客様との出会いになった。これからもたくさん出会えますように。
昨日は節分。暦の上では春だと言うが、まだまだ寒い。
キマコの春もまだ来ない(泣)。
タグ:超達人店
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「超達人店」への道 vol.8 【いよいよ超達人店認定へ】 [超達人キマコの「プレモルで行こう!」]

超達人店キマコイメージ.jpg

講習を受けてから、2週間ほど過ぎた。
その後、審査らしいこともなくもちろん認定の報告もなかった。
「超達人店」の申請はダメだったのかなあと不安になり始めた頃だった。

「こんにちはー、サントリーです」
前回、講師もしてくれたメンテナンスのHさんだ。
キマコ 「あれ、この前、来てくれたばっかりなのにどうしたんですか?」
Hさん 「超達人の認定証を持ってきました」
タニシ 「えっ! 認定されたんですか!?」
Hさん 「はい、おめでとうございます。この前、審査に来たでしょう?」
キマコ 「??? 審査? そう言えば、先週T部長とO部長代理がお見えに・・・。
      ええーっ、あれ審査だったんですか?」
そんなこととはツユ知らず・・・なんか最近サントリーさんよく来られるなあと思ったら、
抜き打ち審査だったんですか! 全然そんな風でなくて、焼酎の「ちょい水」っていう飲み方
教えてもらったりして・・・サプライズにもほどがあります(笑)。

何はともあれ、超達人店、認定しました。2013年6月17日のことでした。

ついに超クリーミー泡が出るコックになり、超達人店マークの入ったグラスが揃いました。
試験を受けるとか、審査を受けるとか、大人になってずいぶん経つと
そういうことがとても新鮮に思えます。
この日は「四角家」の記念日なりました。
と同時に、ステージがあがった緊張感と恐怖がわきあがってきました。
今までは「ビールがおいしいね」「きれいだね」と言ってくれたお客様。
「超達人店」のビールとして接した時にはどうでしょう?
「超達人店」と思って来られたお客様は既にハードルが上がっています。
そんなお客様に納得していただけるんだろうか、不安に思い始めました。
「超達人店」という限りは圧倒的に美しい、おいしいビールでないと
「なーんだ、たいしたことないじゃないか」と思われてしまいます。
それからはその名に恥じないようサーバーやグラスの洗浄にさらに真剣に取り組むように
なりました。実際、「四角家」のビールが本当によくなったのは、認定後だと思っています。
「おいしいから認定された」のではなく「認定されたからおいしくなった」と
言ってもいいかもしれません。
サントリーの、ビール開発から流通の末端にいたるまでに高品質を維持させようという
取り組みに今さらながら感心しつつ、そこに参加させていただけることは
とてもありがたいことです。いいものを安心してお客様に提供できるのですから。

「超達人店」になったことは「四角家」の歴史のなかで本当に大きな出来事でした。
認定から1年と7カ月。
時がたつほどに、そのありがたみをしみじみ感じながら営業する今日この頃です。
タグ:超達人店
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プレモルバナー.jpg
本場さぬきうどんは合田照一商店
四角い餃子を注文する

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